Japanese name



日本語名の苦労



名前を覚えてもらえない!

 英語圏在住の日本人には、日本語の名前を現地の人に覚えてもらいにくい、という理由で、英語名をつける人が多い。輝彦さんならTerry、恵子さんならKateというように、自分の名前に近いものを選ぶ人もいれば、前から好きだった名前を選ぶ人もいる。あくまでも通称なので、何だってかまわないのだ。多くの場合、名前を覚えてもらいにくいことがビジネス上不利になるというのが理由であるようだ(カナダはファーストネーム・ベースなので、姓にまで通称をつける必要はまずない)。

 カナダ暮らしを始めた当初、私は断固として自分に英語名をつけなかった。Mariaさんが日本にやってきて、自分のことを「まりこです」と言ったり、Davidさんが「たけしです」と自己紹介しているのを聞いたことはない。アジア人がこっちにやってきた時だけ英語名をつけるのは、英語圏中心思想にくみしているような気がしないでもなく、腑に落ちなかったからだ。

 しかし、本名の直子を使って「I am ナオコ」と紹介して一度で覚えてもらえることは、まずない。覚えてもらっても、「ネーコウ」、「ネイヨーコウ」と呼ばれることしきりで、姓の「Hirose」にいたっては「ハイローズ」と呼ばれるさま。

 長年つきあってきた名前というものは、アイデンティティーのひとつ。私は、夫の姓に改名するのは自分のアイデンティティーを「夫の家系化」するようで腑に落ちず、仕事上でも不便なので、できれば避けたいと思ってきた。そこで、国際結婚では夫婦別姓が事実上許されることを利用して、陰陽師の安部清明を祀っている清明神社でつけてもらったという生まれ持っての名前を30年以上守っていた。ところが、その名前をローマ字化して英語人に読ませた途端「ネイヨーコウ・ハイローズ」となる。これは私の意志の入る余地なく、勝手についた新名のようなものだ。

 「ネイヨーコウ・ハイローズ」に慣れるまでは、たとえば待合室で自分の名前を呼ばれてもわからないことがあった。そして、カナダでは人に「Hi」と挨拶するときに名前を入れることがフレンドリーとされるものの、近所の人たちなどは、夫には名入りで挨拶しても、私には「Hi, how are you?」だけ。私の名前を覚えられないからだ。さみしい。

 ある日、近所の人がやっと私の名を呼んでくれたと思ったら、それは「Hi, Yoko」だった。有名な日本の女性名なら何でもありか。これでは、英語人の男性をやたらと「ジョン」と呼ぶのと同じではないか。「Hi, Kyoto (北米人が読むとキヨドに近い発音となる)」と呼ばれたこともある。「I am from Kyoto」と言ったのを「I am Kyoto」と聞いたのか? 環境問題の京都議定書で、「Kyoto」という名前が普及したために、使いやすかったのには違いない。

複数のアイデンティティーをもつ女?

 ある日、夫の同僚のインド人4人が家に遊びに来たとき、紹介された名前を全く覚えられないということがあった。アプーさんだか、アパーさんだか、アジューさんだか、夫が彼らの名を呼ぶのを2、3度聞いていても覚えられない。名前を何度も訊くのも失礼だ。この中に一人でも「サム」とか「ジム」という英語名の人がいたならば、いやせめて、「ビール」さんとか「イヌ」さんとか、知っている英単語や日本語と似た発音の人がいたならば、「you know...」とぶしつけに話しかける代わりに、名前で呼びかけることができたのに。

 私の名前もカナダの人たちにとっては同様なのだろう、と思ったとき、英語人に覚えやすい名前をもつことが必要だと身に染みて感じた。かくして、時々必要に応じて Niki という名前を使い始めた。友人がNaokoのNとKをとってつけてくれた名である。「Jennifer」 や「Catherine」 といったいかにも英語である名前とちがって、日本語にもなる名前であることが気に入った理由。

 そして「Niki」に慣れ始めたころ、これに「二樹」という漢字をつけて日本語ペンネームにした。

 1度元の名前へのこだわりを捨てると慣れるのは早い。姓に関しては、自分のアイデンティティーだと認識する度合いがファーストネームよりも小さいのか、姓を訊かれるときには「H、I、R、O、S、E、ハイロウズ」と言ってのけることができるようになった。

かくして私は「Niki」になったのだけれど、今でも日本語のある程度わかるカナダ人には「Naoko」と自己紹介することもあるし、日本語でも本名の直子で仕事をすることもある。私は、スパイよろしく(?)ひとつの名前をもたない人となってしまったのだ。カナダの私と日本の私、そしてライターの私とプライベートの私という複数のアイデンティティーをもつ、在外ライターの生活が名前に反映しているのだから仕方がないと思うことにしている。●

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